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東京高等裁判所 昭和48年(う)811号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

〈前略〉

(当裁判所の判断)

控訴趣意第二の一、二について。

論旨は、被告人が被害者方にかけた無言電話の回数は原判決認定の約九七〇回のうち約半分であるから、原判決には事実誤認がある。というのである。

しかしながら、原判決挙示の証拠によれば、被告人は原判示のように昭和四七年六月三日から同年八月二五日までの間、前後約九七〇回にわたり被害者方に電話をかけながら、同人あるいはその家族が送受話器をはずして応待しても無言で相対したことを優に認定することができる。被告人は、原審において右回数はもつと少かつたと弁疏するのみで回数は判らないと述べ、また当審においては一二〇回ないし一三〇回であつた旨述べているが、何れも確実な根拠があるわけではないので、たやすく信用し難く、原審で取り調べた証拠及び当審における事実取調の結果を合わせ考えても、右回数の点に関し原判決に判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があることを疑わせるに足りるものはない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二の三について。

論旨は、被告人が被害者方にかけた原判示の電話のうち、その営業時間外にかけた電話についてはその業務を妨害したものとはいえないから、原判決には事実誤認がある、というのである。

しかしながら、原判決挙示の証拠によれば、被告人は原判示のように被害者の飲食店(中華そば店)「長栄楼」こと石川寛一方に長期間多数回にわたり昼夜の別なく無用の電話をかけることを繰り返したものであつて、度重なる無用かつ不当な電話の応接ははだしく同人を困惑させ、その心身を疲労させて同人の業務の遂行に支障を及ぼしたことが十分に認められ、現に被告人自身その検察官に対する昭和四七年一〇月三日付供述調書においてこれを自認しているところである。記録および証拠物を検討し、当審における事実取調の結果に徴しても、右の点について原判決の認定に所論のような事実の誤認があることを疑わせるに足りるものはない。論旨は理由がない。

控訴趣意第一について。

論旨は、被告人の原判示所為は刑法二三三条にいう偽計を用いた場合にあたるとして同条を適用、処断した原判決は法令の解釈適用を誤つたものである、というのである。

そこで検討してみると、刑法二三三条にいう偽計を用いるとは、所論のように欺罔行為により相手方を錯誤におちいらせる場合に限定されるものではなく、相手方の錯誤あるいは不知の状態を利用し、または社会生活上受容できる限度を越え不当に相手を困惑させるような手段術策を用いる場合をも含むものと解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、証拠によれば、被告人は石川寛一の営業(中華そば店)を妨害する意図のもとに原判示のように約九七〇回にわたり同人方に電話し、相手方が電話口に出てもその都度無言で終始し、相手方が送受話器を復旧しても自らの送受話器は約五分間ないし約三〇分間(稀には数時間の長きに及ぶこともあつた)復旧しないで放置することを繰り返し、その間右石川方の電話の発着信を不能にさせ、同店に対する顧客からの電話による出前注文を妨げ、かつ石川を心身ともに疲労させ、同人の業務を妨害したものであり、他方相手方の石川においては、被告人からの昼夜にわたる多数回の電話がその業業妨害の意図に基づくものであることを、当初は別として本件段階においてはすでに察知していたことが窺われるが、それにしても、電話の性質上受信ベルが鳴ればベル自体では直ちに被告人からの電話であることを覚知しえないので、あるいは顧客その他の者からかかつてきたかも知れないとの懸念からこれに応ぜざるをえなかつたのであり、その結果昼夜を別たぬ度重なる無益な電話に困惑させられ、心身ともに疲労して、その営業にも支障を生じたものであることを認定することができる。

そして、右認定のように、被告人が相手方の業務を妨害する意図のもとに、約九七〇回にわたり昼夜を問わず繰り返し電話をかけ、その都度、相手方が或いは顧客等からの用件による電話かも知れないとの懸念から電話口に出ると、無言のまま相対し、または自己の送受話器を放置し、その間一時的にもせよ相手方の電話の発着信を不能ならしめた所為は、一面において、受信者である相手方の錯誤ないし不知の状態を利用するものであることを全く否定し得ないものがあると共に、他面において、その目的、態様、回数等に照らし、社会生活上受容できる限度を越え不当に相手方を困惑させる手段術策に当たるものというべく、これを総合的に考察すればまさに刑法二三三条にいわゆる偽計を用いた場合に該当するものと解するのが相当である。

なお、所論は被告人の原判示所為は軽犯罪法一条三一号によつてのみ処断さるべきであるというけれども、同号にいう「他人の業務に対して悪戯などでこれを妨害した」とは偽計にもあたらない違法性の軽度のいたずらあるいはこれに類する些細な行為により他人の業務を妨害した場合をいうものと解されるところ、前段に説示したような被告人の原判示所為は右にいわゆる「いたずら、あるいはこれに類する些細な行為」と目し得る程度を遙かに越えるものであり、軽犯罪法の右規定をもつて律すべき場合にあたらないことは明らかであるから、所論は到底採用することができない。

右の次第で、被告人は原判示所為が刑法二三三条に該当するとした原判決に所論のような法令の解釈適用の誤りがあるとはいえないので、論旨は結局理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のように判決をする。

(吉田信孝 大平要 粕谷俊治)

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